「まねぶ」は、「真似る(まねる)」という意味の古語で、現代語の「学ぶ」の語源の一つとされています。具体的には、模倣する、真似をして言う、または見たこと聞いたことをそのまま人に伝えるという意味を持ちます。 GoogleAIより
「学ぶ」という言葉は「勉強する」「学習する」というニュアンスで使われる時代であるが、その語源は「真似をする」という意味から来ているという。
職人が格好つけて
「背中を見て 学べ」
というのは意地悪しているのではなく
「後ろについて おれのやってることを真似ろ!」
という意味なので理にかなっているわけだ。
・・・しかし令和の時代にはそぐわないかもしれない…。
でも勉強しているとき、仕事をしているときなど
行き詰まった際に、できる人のやっていることを真似てみる。
これは1つの突破口として有効かもしれない。
なぜ、私がこんなことを書いているのか。
それは最近の息子を見ていると
まさに「真似ぶ」を実践していると感じるからだ。
毎日のように少しづつ成長していく息子。
いまの息子は親である私や妻の言動をすぐに真似する。
彼に「学ぶ」という意識はないだろう。
しかしながら「真似をする」ことで毎日学習し、成長している。
その中には保育園で「真似」をしてきたであろうことも多い。
大きくなったとき、“いま”のことは覚えていないかもしれない。
それでも今のうちにいろんなことを経験し、
いろんなことを感じてほしいと思っている。
その思いが通じているのか、1歳半になる前から二語文を話した。
二語文を話すのは一般的に一歳半から二歳半の間とされ、
二歳前後が目安である。
さらに驚くことに1歳7ヶ月ごろには三語文を話した。
かなり意思の疎通も取れる。
その成長に驚きを隠せない毎日だ。
さらに愛想が良い。
出掛けると基本笑顔で周りに愛想を振りまいている。
散歩していればすれ違う人に手を振る。
その様子を見ているといま経験したことが
[忘れてしまうから意味ない]とか
[わからないから意味ない]とは思えない。
大きくなったとき1歳の記憶はないから、いろいろ経験させても意味ない
という記事をよく見る。
本当にそうだろうかと我が子を見て思う。
私はこれからも忘れてしまうかもしれない記憶を
真似をしてもらうことで息子の身体に軌跡として残していきたい。
どうやって真似してもらおうか?
何を真似してもらおうか?
考えるだけでわくわくする。
令和生まれの息子に一言
『息子よ。おれの背中を見て学べ!』
『真似ぶ』は『学ぶ』
星のつぶやき

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